皆様、こんにちは!!
bikeport新宿都庁前店の奈須野です。
ある日のことでした。
一日のお休みができまして、どうしようかなーと思っていたところ、そうだ!! 日光に行こう、と思い立ちました。
その日の業務を終え、特急で日光に向かいます。
輪行袋にロードバイクを詰めて、テント、寝袋なども携行します。
このような輪行袋を使えば、日本全国を縦横無尽に旅することができるのです。
画像引用 GIANT
https://www.giant.co.jp/giant23/acc_datail.php?p_id=A0000501
北千住から、特急けごん、という電車に乗ります。
この電車に乗れば、そのまま日光に到着する、という便利なものです。
特急けごんは、日光といった観光地を巡るお客さん、観光客の方々を快適、高速に輸送することを目的とした電車と思われます。
また、通常の通勤の人々は、もう少しお安い普通列車で、停車駅も多いものをお使いになるのでしょう。
そのため、観光に適した時間帯、すなわち早朝、午前の東京発は混雑するものの、夜間の東京発という列車は空いているのだと思われます。
車内は空いており、大きな荷物がある私としては、ありがたいことでございました。
東武日光駅に到着しました。
日光で一泊します。
朝です。
日光はすでに標高500mほどの高台にあり、さらには海から遠いからでしょうか、夜間の冷え込みが東京よりもあります。
テント、マット、シュラフ等の荷物は日光駅のコインロッカーに預けました。
身軽になって出発です。
周囲が高い山に囲まれています。
旧日光市役所です。
大正時代にできた建物で、和洋折衷の、どこか可愛らしさのある建物です。
現在では耐震基準を満たしていない、とのことで、残念ながら内部を拝見することはできません。
それでは日光いろは坂に向かいます。
途中、東照宮の眼の前を通りました。
神橋という、素晴らしいお名前の橋です。
明らかに観光スポットと思われますが、寒い早朝のためか、どなたもおいでではありませんでした。
紅葉が美しいです。
日光いろは坂の入り口に到着です。
頭文字Dという作品をご存知の方であれば、日光いろは坂といえば、須藤京一さんという合理主義のカタマリのような方のホームコースで、作中でも激アツの展開が繰り広げられた場所なのです。
そんな思い入れもあり、日光いろは坂は、好んで走りに来ます。
日光いろは坂は、大きなコーナーごとに、「い」「ろ」と名称が付与されています。
なお、第一いろは坂、第二いろは坂とありまして、第一いろは坂は下り、第二いろは坂は登りの一方通行です。
つまり、多くの方は第二いろは坂から進んでいくことになります。
凄まじく蛇行した道が続きます。
数多くのコーナーのおかげで、極端な斜度はないものの、ずんずんと標高が上がっていきます。
ところで、この地球では、標高が100m上がるごとに、気温は約0.65度下がります。
そこで、高山のヒルクライムをする場合には、防寒着、ウィンドブレーカーがあると吉です。
なぜなら、夏場であったとしても、山頂は気温が一桁、ということもあるからです。
そのような中をダウンヒルすると、とんでもなく体温が奪われ、凍死するのではないかというくらい寒く、身体へのダメージが蓄積します。
ウィンドブレーカーには、マラソン用、登山用等、さまざまなものがございます。
しかし、自転車専用ウィンドブレーカーの良い点は、まず、体にぴったりフィットするためバタバタせず、空気抵抗が抑えられて快走の邪魔にならない、という点があります。
空気抵抗は自転車ライドにとって、最大の障壁でありますから。
次に、自転車専用ウィンドブレーカーには、後ろにポケットがあります。
これが実に便利で、通常のウィンドブレーカーであれば、左右にポケットがあり、走るたびにモコモコと内容物が邪魔になりますが、後ろにポケットがあれば、邪魔になりにくいのです。
また、内容物が落下しにくい、という利点もあります。
画像引用 GIANT
https://www.giant.co.jp/giant23/acc_datail.php?p_id=A0003112
いろは坂の頂上に到着しました。
眼の前に巨大な山、男体山があります。
そのまま少し降りて、中禅寺湖に到着しました。
中禅寺湖は寒いと申し上げて良い湖です。
湖面標高1,269m、人造湖を除く4平方メートル以上の湖では、日本で一番標高の高いところにある湖です。
少し休憩をして、先に進みます。
今回行ってみたかった場所、戦場ヶ原です。
まず、ネーミングに惹かれました。
調べて見ると、かつて男体山の神と赤城山の神が中禅寺湖を巡って、この地を中心に戦いを繰り広げたから、とのことでありました。
高山の合間に、ぽっかりと開ける台地、草原というものがありますが、この戦場ヶ原もそのような地形のようです。
広大な草原が広がります。
湯滝という不思議な名前の滝に出会いました。
おそらく、温泉が流れ込んでいる滝、ということでありましょう。
戦場ヶ原をさらに進むと、湯ノ湖という素敵な名前の湖に到着しました。
水が美しく、人やクルマがほとんどおらず、とても静かで、今回のツーリングでもっとも心が落ち着いた場所でございました。
第二目的地、湯本温泉です。
地表からそのまま温泉が湧き出ている、という情報を新宿店山本スタッフから聞きまして、見てみたくなったのです。
無料の足湯がありました。
立派な施設です。
これです!!
温泉がこんこんと湧き出ています。
硫黄の匂いします。
温泉に入りました。
どなたもおらず、のんびり、ゆったりとした時間を過ごしました。
帰路につきます。
華厳の滝に寄ります。
壮大な滝です。
全国的に著名なのもうなずけます。
第一いろは坂、下り坂です。
登りのときはそれほどとは感じませんでしたが、下りになると強烈な斜度に感ぜられます。
走行速度に圧倒的な差があるからでしょう。
凄まじいヘアピンコーナーが続きます。
いろは坂の下りは渋滞が発生します。
日光市街地まで一気に戻ります。
第三目的地、日光東照宮です。
紅葉が美しいです。
緑と赤が鮮烈な対比となって、実に鮮やかです。
美しい建造物がいくつもあります。
世界的に!?著名なお猿さんです。
2016年の修復で、少しおめめがキュートになりました。
派手です。
安穏とした江戸時代というよりは、どこか、安土桃山時代のような力強さ、派手好みを感じます。
これまた全宇宙的に著名なネコ。
眠っているのではなく、薄目をあけて、後方にある家康さんの墓をあらす者を見張っているのだという説もあるようです。
しかし、2016年の修復で、おめめは完全に閉じた形で修復されたように。。。私には見えます。
家康さんのお墓です。
彼の業績からすれば、実に簡素なお墓といえましょう。
過度に華美にならず、自己の権勢を誇示するわけでもなく、極めて好感が持てます。
ふと境内を歩いておりましたら、なにやら謎の石塔!?があったので近づいて見てみると、「正宗」とあります。
横に居並ぶ石灯籠も幕府の重臣さんたちが奉納したものばかりですが、その中で圧倒的な異彩を放っているのがこの灯籠です。
さすが伊達者の正宗公、鉄製の灯籠とは、恐れ入りまする。
調べると、砂鉄を主体とした国産の鉄ではなく、わざわざポルトガル産の鉄を取り寄せて製造したとのことです。
南蛮由来のクロガネを用いるとは、伊達政宗公、あっぱれでございます。
二度、感服致しました。
個人的には、日光東照宮で、ここが一番感動したポイントでございました。
ふじわらあそん まさむね、と読めます。
日光の市街地に戻り、一泊します。
朝日と共に出発です。
美しいです。
大きな石が多数あることから、この川の流れは急で、過去いつくもの洪水被害があったことが推察されます。
非常にのどかな朝で、東京に戻ることがためらわれます。
とはいえ、東京に戻ります。
下今市駅に到着しました。
帰りの特急列車まで時間があるため、すこし観光をします。
何気なく市中を走っていると、「報徳二宮」という文字が飛び込んできました。
ほうとく、にのみや!?
何かひっかかる、どこかで聞いたことがあるような。。。と妙に気になり立ち寄りました。
なんと、二宮金次郎(二宮尊徳)さんのお墓がありました。
二宮金次郎さんは神奈川県の小田原出身で、私も神奈川県生まれでして、小さい頃から金次郎さんのお名前は存じておりました。
学校の授業でも、郷土の偉人というような時間で、取り上げられたことがありました。
その後、幕末になってどこかの地方都市(大変に失礼)でお努めになっていたとは聞いていたのですが、まさかこの今市(いまいち)市でお亡くなりになっていたとは、つゆしらず、そもそも今市で電車に乗らなくても、他の都市でもまったく問題がなかったにもかかわらず、なんとなくこの街を選び、しかもふらっと観光したときに二宮金次郎さんに出会えるとは、なんという宿縁、人生の数奇さに驚くばかりでございます。
手水のお花が美しかったです。
ロードバイクを解体して、輪行袋に詰めます。
特急スペーシアに乗ります。
この列車、かつては食堂車が稼働していたのでしょうか、列車の間に広大な空間があります。
どなたもいらっしゃいません。
のんびりできます。
どんどん新宿に近づきます。
新宿に到着致しました。
さて、11時開店です。
準備を始めましょう。
本日はこのあたりで宜しいと存じます。
それでは、皆様、次回お会いするときまで、ごきげんようです!!
以上、bikeport新宿都庁前店の奈須野でした