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ツールドおきなわ 市民レース 100キロ アンダー39レースレポート

2017ツールドおきなわ 市民レース 100キロアンダー39   53位

3:12:05  106km  Ave:33.1kph  Max:75.8kph

239TSS  NP:249w  Ave:217w  Max:944w

 

11月12日沖縄の北部の公道を交通規制して行われるツールドおきなわの市民レース部門の100キロ アンダー39に出走してきました。
9月の試走はこの日のため。

10月の土日は台風が来て計画の半分程度しか走れていないので、9月末の試走の時期から数値的には大して向上していない。あまり大きな結果は望めないだろうなぁ、という展望で参加。

仕事があり土曜入りとなる。
10:30羽田発の便で那覇に。が、乗るための飛行機到着が遅れた為、羽田離陸は1時間遅延。

でも富士山が綺麗だったから穏やかに航行。

 

那覇に着いたら次の便が先に着いていたので那覇から名護にバスで移動後、

18時までの受付に間に合うか心配だったけど問題なく受付と買い物を宿泊先のゲストハウスオーナーの車で移動させてもらい、完了
ツールドおきなわ出場はサイクリングと合わせると、2013年から出ているから5回目になる

毎回同じところに泊まり、この時期は同じ目的の人しかおらず、かつ毎年出るので、宿泊の皆さんとは顔なじみです

100キロなんでそんなにがっつり炭水化物取る必要もないし、外で食べた方が上手いに決まってるけど、夕飯は宿で簡単に名護そば大盛りです

夜はゼッケンをつけて9時過ぎに就寝します

ツールドおきなわの市民レースは210,140,100,50キロとあるけど、140と100はスタート地点から会場の名護市役所前でなくオグマビーチと奥共同販売所と離れているので、前日に自転車を会場に預けて、出場者はオクマビーチがある国頭村周辺の宿泊先に泊まって当日の朝に出る奥までのシャトルバスに乗るか、レース当日の朝、オクマビーチまで自走等で向かうかしなければならず、かつスタートは10時なのに交通規制がスタート地点は7時からで

オクマビーチ周辺は8時ごろから始まるので、スタート地点までの移動をどうするかが少し面倒くさいですね
自分はゲストハウスオーナーに、同じく100キロに出る宿泊客の方と一緒にスタート地点まで送っていただくよう算段していたので、6時に名護にあるゲストハウスを出発します

7時過ぎに奥共同販売所に到着。

そこでプロチームが走るチャンピオンレースや他のカテゴリが通り過ぎるのを待ったり空いた時間コース上の登りでアップしたりして3時間待ちます


ちなみに携帯等レースに不要なものは全てオーナーに預けて宿に戻しているのでレース前の写真はこれが最後です

さて今回の100キロの出場選手で一番やばそうなのは武井亨介さんですが
過去には210で優勝しているし、昨年は210キロに出て、勝った高岡さんとバチバチやりあったりと、なぜ100キロに出ているのか不明の人です
自分は過去の50キロでの成績のおかげで前から50番の番号をもらいシードなので、前方に並ばせてもらう。
また今年から50キロのカテゴリも変更となり、去年までU29とサーティの2カテゴリがU39のみになり、参加人数制限が設けられたので、50キロがよりスプリンターのカテゴリに変更され、多少50キロから100キロに変更した人もいるとのこと。

武井さんからセガフレードジャージ上下の方へ、「別府さんハンドル投げないでよ」と野次るのを笑ったりしながらスタートを待つ。
スタート時間は10:08。市民210の集団、第2集団が通り過ぎて数分後にスタート。直後の奥の登りを過ぎて海岸線を巡幸中、だいたいスタートから15分8キロくらいかな、前から20人くらいのところで大落車が発生。集団が完全に止まる。目の前で人がどんどん積み重なり、自分は前走者のゼッケンにブレーキレバーが刺さった状態で止まる。後ろから突っ込まれることもなく、怪我も機材も問題なし。
急いでブレーキレバーを抜いて、前を追っかける。
前には小さい集団が見えるけど、後ろを振り返っても誰も来ない。もう先に見えるこの人数でレースになってしまうかもしれないと思い、そこそこ必死に踏むが、前の集団も止まっていたのか数分で追いつく。当然この集団に武井さんは残っている。
少しホッとして気づいたけど、ハンドルが数度前に落ちていた。

これが正常な位置。

 

これがレース後。

 

横から。

ブラケットがわずかに下にずれています

また前走者にぶつかった衝撃か、肘が鞭打ちみたいになって、肘曲げると強い痛みがある状態だったのでサングラスあげたり鼻水拭いたりするたびの激痛に耐えながらとなった。

後ろを向くともう復帰してきた集団が見えたので、合流したタイミングで少しペースあげたいなと思い、前に出ると210キロの第2?3?集団に追いつく。スピード差があるので追い抜くも、210も当然こっちの集団に着く。なぜか210の一人が前に出ようとして、下がるように言うと、こっちもレースしてるんだとキレるので、すぐに与那の登りが来て落ちるだろうから、一人だけ先に行かせてあげる。
そのまま与那に先頭で入ります

それまでの練習の積み重ねの状態から、おそらくこのままこの登りで切れるだろうなぁと思いつつ、少しでも残る時間を伸ばすために前目を維持する。
FTP130%でついて行くけど徐々に下がっていく。さっきまで先頭でなんか喋ってたやつか下がっていくのを、武井さんが口笛を吹きながら抜いていく(自分の聞き違いでなければ口笛を吹いていた)。すげー人だ。
ここで先頭集団からドロップ。

その後はKOMで後ろから来た210の5人くらいに乗っかるも、10の方々の下りの突っ込みにビビりつつ、アップダウンの登り返し下り返しを一定で踏むと後ろが離れてしまって、少し遅いなと言う感じだったので後ろを無視して自分のペースで進む。二人同じ緑のゼッケンが付いてくるので10分ほど一緒になるけど、彼らの方が少しだけ速く、登り返しで離れてしまいそのまま先に行ってしまった。それでも後ろは来ないので東村まで一人。
この時からゴールまでずっと腰が痛くて仕方なかった。まぁこの強度と若干のポジションが変わってしまっているので仕方ないけど。

それにしても一部区間を除いて東海岸は殆どが全線通行止めにしているのに、なぜ多くの人は左車線しか走らないんだろう。下りも登りもわざわざ左車線。2車線使った方が下りはスピード出せるし、内回りの登りでもRが緩ければ斜度の差なんてほとんどないわけだし、無駄だなぁ、と思いながら常に最短距離で走ることを意識してたけど。
たまに前でます、って言って前出てくれても右カーブなのに中央車線上を通ったりするもんだから。
で、天仁屋の手前で140のジュニア二人に抜かれたのち、天仁屋の登りで100キロのオーバー40の(多分先頭)集団に乗っかる。かなり大きく210も混じり30人以上いたかも。さっき置いてった210もたくさんいたと思われ、1時間の一人走行がほぼ無駄になった感じ。緑ゼッケンも3人いたのを確認。

そのでかい集団のまま安部のスプリントポイントも超え、このままこれに乗っかって羽地超えられたらいいなと思いつつ、平坦区間で前との間を埋めるために立ち上がってみたら大腿四頭筋がつる。これは登りではついていけないなぁと不安のまま羽地ダム登り入る。
想定通り登りに入ってすぐに四頭筋とハムストリングと、今までつったことない腸腰筋群に痛みが出て、一気にペースが下がる。
登りで使う筋肉が使えなくなっているだけなので、かかとを下げてごまかしながら羽地を超える。川上交差点を左折後の平坦は45キロを維持できるギリギリで我慢。
何人か抜くも同じカテゴリはおらず、別カテゴリが後ろについても無視。変に前に促してペース下がったら嫌なので。

でそのまま出し切って羽地以降緑ゼッケンを見かけずにゴール。53位。

 

走り終わった後の補給はいつも通りキャプテンカンガルーのスパーキーWパティ。


その後バイクをパッキングし、会場で翌日の便まで運んで置いてくれるサービスに預けた後、ふれあいパーティで豚汁。
夜はゲストハウスで出場者とオーナーとで飲み会(自分は飲まないけど)

 

結果はどうあれ、そもそも沖縄を自転車で走ることは最高に楽しくて気持ちがいい。

今まで50キロに3回出たけど、距離ある方が楽しい時間は長いし、周回でないラインレースのため、サーキットやどこかの公園とかのエンデューロとは比べ物にならない。

キツイけど景色は良くて開放的だし、みんな必死だし、展開は激しいし。

わずか40分だけ先頭集団にいただけでこんなに楽しいのだから、これがもっと展開に絡めて、210キロで走れるようになると5時間も楽しめるようになるのだから、本当に最高だと思う。

 

ということで、お店には1年間いろいろサポートしていただいたのに何も形になる結果を出せずに終わってしまいました。
今年の練習時間はここ数年で一番走っていたけど、体重増加など自分の甘えによるところも多分にあり、言い訳のしようもなく……
来年のレース活動はわからないけど、沖縄に間違いなく行くだろうから、少しでも楽しい時間を過ごすために練習は頑張ろうと思う。

それではこんな文章を読んでいただきありがとうございました。

 

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